国際プロトコール学習:一流は知っている「知らない」という事:無知の知

マナーやプロトコールの学びにおいて、「自分は知っている」「ちょっと真似すればできる」「ちょっとどこかで読めば大丈夫」と対して学ばない内から、人へ教えることまでする人もいます。 しかし、これこそが危険であり、「自分は知っている」と信じた時点で、既に、その後学ぶ事はできなくなり、賢かった頭もどんどん劣化していきます。情報は古くなり、「長寿」だけが取り柄となってしまいます。

賢い人は、自分が知らない事を知っています。

マナーの学びと聞くと、「自分は知っている」そんな風に思いませんか?口では「知らない」と言っていても、「私は大丈夫」そう信じていませんか?

無知の知

もしそうであれば、「無知の知」を知っておくと良いでしょう。

これは、古代ギリシアの哲学者、ソクラテスも残した言葉です。

「唯一の真の知恵は、あなたが何も知らないということを知っていることの中にある。」- The only true wisdom is in knowing you know nothing.

ソクラテス

ソクラテスは、当時、「あなた程、世の中を知ってい人はいない」と言われて、「私は、何も知らない。強いて言うならば、何も知らないから賢いのだ」そう答えたそうです。

マナーやプロトコールの学びにおいて、「自分は知っている」「ちょっと真似すればできる」「ちょっとどこかで読めば大丈夫」と対して学ばない内から、人へ教えることまでする人もいます。

しかし、これこそが危険であり、「自分は知っている」と信じた時点で、既に、その後学ぶ事はできなくなり、賢かった頭もどんどん劣化していきます。情報は古くなり、「長寿」だけが取り柄となってしまいます。

知らないとは罪であること

知らない事で最も恐ろしい事は、知らなかったが為に犯す罪です。

問題を起こす人の9割は、「知らなくて」「わからなくて」「そのつもりはなくて」でしょう。そのつもりがあって問題を起こす人は少ないのではないかと思います。

「悪気はない」と言った場合は、多いのではないでしょうか?

それで、言い訳はいつの時も、「知らなかったから仕方ない」「分かるようになっていないのがいけない」「悪気はないのだから良いではないか」

です。これは、パッケージのようにお決まりでしょう。

こう言う人は、正に、学びが浅いので、自分が知らない事を知らず、知らなかった事を認める事ができないから、それに対して八つ当たりをする、と言う行動を起こします。

少し学んでいる人は、基本的な事がわかっただけで、「全部わかったつもり」となり、「わかっていた」「知っていた」「そのつもりではなくて」とパニックを起こします。

これもまだ、自分が知らないと言う事実に向かい合えていないので、まだまだ学びが甘い状態です。

知らなくて違えを犯したら?

誰でも間違いを犯します。勿論、私も失敗だらけです。

けれども、誰かに不快な思いをさせたその時に、一番重要なのは、失敗に対しての態度です。絶対にしてはいけない事は、自分が悪い事をしているのに、相手を責める事でしょう。それだけでは足りません。

知らなかったことに対して、極端に反応して、自分を責める事もまた、相手にとっては不快なものです。相手にしたら、まるで、相手が不必要に責め立てたかのように感じるからです。

間違えを犯したら、言い訳などせずに、素直に謝罪をする事です。必要であれば、その後に、相手にとって必要であれば、説明をする事は良い事です。

「知らずに、大変申し訳ございませんでした。まさか、こんな事になるとは思いもよらず、自分の未熟さにより、大変ご迷惑をおかけしてしまいました。許されるのであれば、事情をご説明させていただいてもよろしいでしょうか?私は、このように理解していたのです。」

これであれば、おそらく、問題にはならず、相手も、仕方がない、と許してくれる事でしょう。

謝罪の際に、「ごめんなさい、でも・・」これが出れば、反省ではありませんので、「でも、、」は絶対に言ってはいけません。

逆上、言い訳、は、「自分は悪い事をするつもりで悪い事をした」訳ですから、バレてしまい、パニックになり、「怒られる前に怒ってやろう」と言う心理状態ですので、絶対に修復に向かう事はありません。

こう言う時に、その人の人間性や社会性が現れるものです。

こう言う人を許してしまう人もまた、同じ社会性の持ち主である、と言う事で、許せば、互いに成長はありません。

賢い人は「自分が無知」と知っているからパニックにならない

本当に賢い人は、「自分は何も知らない」と信じています。口だけで謙虚ね訳ではなく、本当に、自分は何も知らないと思っているのです。

専門分野でさえも、人とは雲泥の差である知識量でも、「これはまだまだ」と学び続けます。だからこそ、一流なのです。

本当の意味で一流の人は、賢いです。賢いので、学びをやめず、永遠と学び続けます。

これは、国際マナーやプロトコール、国際教養の学びにも言える事です。

日本の情報は古い

日本人は、「古いものが良い」と言う固定観念を持っています。また、「歳をとっていれば正しい」とも思いがちです。

ところが、それ故に起きている日本の遅れです。

実際に、何が起きているかと言うと、日本で伝わっている、国際マナーやプロトコールに間違いが多く、その原因の一つが「古い」もう一つは、「沢山の異なる国を欧米と一括りにしている」点で、情報が、30-50年更新されていないのです。

日本のプロトコールであれば、外務省のホームページなどで確認する事はできても、他国の情報はどこも不安定なものばかりです。また、日本独自の西洋マナーを、国際的に通用するマナーとしてしまっている事もよくあります。

折角習った事が、「間違えている」「情報が古い」では、元も子もないですね。

これまでの受講生もいうように、国際マナーをここで学ぶ意義は本当に沢山あると思います。

自分は知っているとたかを括らず、素直に心を開き、「自分は知らないから学ぶ」という姿勢で学べな、何事も吸収ができます。

「常に知らないという事を知っておく」意識したいものですね。

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