時間はお金ではなく「命」である 指導者にとっての「時間価値」と学習者にとっての「時間価値」の差異

「時間はお金だ」と言いますが、お金で買えるお金の価値は、極めて低いものです。ものが溢れる今の時代、人の時間を、大切な「命」と認識している人が、どれくらいいるでしょうか?

時間は、お金で買うことのできない、「命」「信頼」「経験」「知識」が関係してきます。特には、指導者は、この「命」を全て使って指導をしています。

しかし、それを理解し、指導者の時間に感謝できる人は、限られており、それを伝えない限り、気づく事もありません。

本来であれば、この事は、最低限抑えておくべき事です。そうすれば、学習価値も上がります。

指導者にとっての時間と知識の価値

目に見えない、「時間」と「知識」、手元に残らない為、利用者は、その指導により得た「知識」「や「能力」は、もともと自分の力であり、指導によって生まれたものではない。と主張したりします。

これは、非常に侮辱的であり、指導者の尊厳を失われる考えですが、残念ながら、後々、「それは知っていた」「できていた」などという人は少なくありません。

この場合、「お金」をもらって指導した指導者がどう感じるか知っていますか?「それも収入のうちだ」「それも仕事だ」と割り切っているのであれば、それは、真の指導者ではなく、単なる商売人です。

真の指導者は、「お金」では価値の測れない、「時間」と「知識」を提供しており、その、「知識」は、指導者本人が、何十年も「時間」という命をかけて積み上げてきたものです。ですから、それを、時間をかけて教えるだけでも、「微々たる御礼で、自分の命を削っている」と考えます。

学習者にとっての指導者の価値

現代の消費者は、それを、安易に考え、「お金を払っている自分の方がお客様で偉い。支払ってやっているのだから、それをやるべきだ」と考えます。このような考え方は、指導者へ伝わり、指導者は、指導の内容を変え、全て教える事はしないでしょう。

もしくは、指導者は、その学習者を追い出すでしょう。

このような学習者は、「自分が賢くなった妄想」を手に入れたいから、そこにいる、もしくは、「楽できる手段を知りたい」からそこにいます。学習とは、楽する為の事ではない、という事を知らないので、実際に、考えていたよりも大変な場合、すぐに諦めます。

結果、支払いして自分が期待するほどのの能力を身につけられず、「時間とお金を無駄にした」と騒ぐ事になります。

「自分の時間は大切だけれども、講師の時間は関係ない」=「自分の命は大切だが、講師の命は粗末にして良い。お金を払っているから良いのだ。」

こう考えている事と、同様です。こんな考えの人が学べない事は、当然の事なのです。

成功の学習には、「時間価値」を正しく理解する事

「時間は命であり、命を削って、相手は指導をしてくれている。」この認識を持ち、感謝し、真剣に学習に取り組めれば、それは、多くの吸収につながり、学習内容以上の事を得る事ができるでしょう。

また、自分自身の「時間」も大切にし、自分で自分のタイムマネジメントをして行く事も能力です。タイムマネジメントをして行く中で、相手に自分の時間枠を強要しない事が大切です。

そして、その「命」一つ一つを大切にすれば、自分の「命」も大切にされる事でしょう。

〜学びは感動〜 人生の豊かさは 「誰に出会い、何を学び 、何を経験したか」 皆で学んで学んで みんなで感動していこう ICPA 学院長

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