「AI時代の人間力とは、温かさや共感のことだ」。この理解は、半分しか当たっていません。1716年、フランスの外交官フランソワ・ド・カリエールは、使節は相手に信頼を抱かせなければならず、策略はそれを損なうと戒めました。
文章を整え、要約し、翻訳するのは、いまやソフトウェアの仕事です。エグゼクティブに残る問いは、誰が言葉を書くかではありません。誰がその言葉に責任を負うかです。
本記事では、外交の伝統が語り手に求めてきた資質、信頼と自動化をめぐる研究、機械に任せられない四つの場面を示します。ICPA創設者・学院長の白羽セシリア美麗が、国際プロトコールの立場から書きました。
AI時代の人間力は、温かさではありません
AI時代の人間力は、温かさだけを指す言葉ではありません。日本語の「人間力」は、公的にも、もっと広く定義されてきました。
内閣府の人間力戦略研究会は、2003年4月の報告書で、人間力を位置づけました。知的能力的要素、社会・対人関係力的要素、自己制御的要素などから成る、自立した一人の人間として生きていくための総合的な力です。愛想のよさではありません。知性と対人関係と自己制御を併せ持つ力です。
外交の伝統も、同じことを求めてきました。カリエールの『外交談判法』(1716年)は、理想の交渉人の資質、職務、振る舞いを論じています。使節は相手に信頼を抱かせなければならず、策略はその信頼を損なうと戒めました。欺くことは、信頼を使い果たすことです。
二百年余りのち、英国の外交官ハロルド・ニコルソンは、著書『Diplomacy』(1939年)で理想の外交官の資質を七つにまとめました。真実、正確、平静、忍耐、温和、謙虚、忠実です。知性、知識、勤勉などは、前提として別に扱いました。
ここに、AI時代の人間力の核心があります。知識と勤勉は、いまやソフトウェアがいつでも差し出します。人を分けるのは、ニコルソンが名指しした資質です。真実を語ること。不都合なときも正確であること。他人が平静を失うとき、平静を保つこと。
古い資質です。しかし、いま必要とされる根拠は、現代の研究にあります。
AI時代の人間力を裏づける研究:信頼・判断・自動化
研究は、一つの方向を指しています。定型の仕事が自動化されるほど、調整と信頼の価値が高まります。
経済学者のデヴィッド・オーター(David Autor)は2015年に、自動化が置き換えるのは、明文化できる規則に落とせる仕事だと論じました。暗黙知に頼る仕事は、置き換えにくいといいます。哲学者マイケル・ポランニーの「人は語れる以上のことを知っている」という指摘が、その限界を言い当てています。
ただし、オーターの論文は生成AI以前のものです。機械の能力の線は、これからも動きます。本稿の論拠は、その線の位置ではありません。説明責任です。
デヴィッド・デミング(David Deming)の研究は、労働市場の変化を示しました。1980年から2012年にかけて、社会的な相互作用を強く求める職業は、米国の労働力に占める比率が約12ポイント上がりました。数学集約的で社会性の低い職業は、同じ期間に3.3ポイント下がっています。理由は実務的です。社会的スキルが、他者と調整するコストを下げるからです。
信頼そのものについては、マイヤーら(Mayer, Davis & Schoorman, 1995)の理論があります。信頼に足る度合いは、能力、善意、誠実の三つで決まります。信頼とは、相手の行動を監視も統制もできないのに、無防備さを引き受ける意思です。道具は能力を補えます。善意と誠実は、人の意図と原則への評価です。机の向こうの相手が信頼を寄せるのは、あなたであって、あなたのソフトウェアではありません。
世界経済フォーラムの『仕事の未来レポート2025』も、同じ傾向を示します。1,000を超える主要な雇用主の見方をまとめたもので、中核スキルの第1位は分析的思考です。次いで、レジリエンス・柔軟性・敏捷性が、リーダーシップと社会的影響力とともに続きます。リーダーシップと社会的影響力は、2023年版から重要度の上昇幅が最も大きい項目です。
これらは労働市場全体の話です。経営者が向き合うのは、一つひとつの場面です。
エグゼクティブが委ねられない四つの場面
委任は、説明責任が始まるところで終わります。その境目が現れる場面は、四つあります。
一、規則と、その例外。 外交関係に関するウィーン条約(1961年)の第16条は、使節団の長の席次を定めています。同じ階級の中では、任務に就いた日時の順です。表計算ソフトでも処理できる規則です。ところが同じ条文は、ローマ教皇庁の代表の席次について、接受国が受け入れている慣行を妨げないとしています。規則は自動化できます。しかし、接受国がどの慣行を受け入れているかを知り、それを美しく尊重することは、人が負う判断です。
二、間(ま)。 エドワード・T・ホールは『文化を超えて』(1976年)で、日本を文脈依存度の高いハイコンテクスト側に位置づけました。そこでは、意味の多くが言葉ではなく状況の中にあります。翻訳は言葉を忠実に運べます。しかし、組織を代表して席に着く人が、沈黙の意味を読み、どう応じるかを決めなければなりません。
三、自分の名で出る文面。 下書きは、道具が用意できます。しかし、約束を与えるのは署名です。マイヤーらの枠組みでいえば、受け手が無防備さを預けるのは署名者であり、道具ではありません。署名者は、すべての行の後ろに立てなければなりません。
四、計画が崩れる時刻。 ニコルソンは、平静、忍耐、温和を七つの資質に入れました。交渉が決裂する。誤りが公になる。客人が気分を害する。どれも、よりよい指示文を待ってはくれません。周囲が見守るなか、落ち着いていなければならないのは、システムではなくリーダーです。
どの場面も、規則、台本、下書きから始まり、答える人で終わります。この規則と責任の組み合わせが、プロトコールの本質です。
プロトコール思考:説明責任は人に残ります
プロトコールは、国家や組織のあいだの公平性と一貫性を守るためにあります。それを等しく適用する責任は、誰かが負わなければなりません。
エチケットとの違いを、あらためて整理します。
| エチケット(マナー) | プロトコール | |
|---|---|---|
| 働く範囲 | 個人どうし | 国家・組織のあいだ |
| 文化による違い | あり | 当事者を問わず、一貫させることを目指す |
| 目的 | その文化にふさわしい振る舞い | 公平性と一貫性 |
1815年のウィーン会議は、使節団の長の階級と席次に関する規則を採択しました。外交法の一部を成文化した、最初の国際的な文書です。複雑だった規則を簡素にし、席次を任地への到着日で定めました。基準は一つ。あらゆる使節に等しく適用されます。ところが基準は、一貫して適用されてはじめて価値を持ちます。その適用は、誰かが責任を負う行為です。
ジョセフ・ワイゼンバウムは、反対の方向から近い結論に達しました。対話プログラムELIZAを作った彼は、人々がそれに、予想を超える早さと深さで感情移入することに面食らいました。著書『Computer Power and Human Reason』(1976年)で、彼は線を引きます。機械がある仕事をこなせるかどうかは、その仕事を機械に任せてよいかどうかを決めません。仕事とその基準を定めることは、人間の価値に基づく行為だと論じました。論点は技術ではなく、倫理です。
日本は、同じ問いに、独自の伝統から向き合ってきました。
AI時代の人間力と日本の礼法:形成するという伝統
人間力は、稽古によって形づくられます。日本は、その稽古を長く、体系として守ってきました。小笠原長秀は、1380年頃に初めての包括的な礼法書『三議一統』を著しました。小笠原流は今も、座る、立つ、歩く、礼をするといった日常の動作を、日々の稽古の中心に置いています。
1871年、岩倉使節団は米欧へ出発しました。目的は、条約改正の準備と、各国の制度や文化の調査です。日本は、成文化した独自の伝統を携えて国際社会に臨み、同時に、他国を学ぶために指導者を送り出しました。
内閣府の人間力の定義が、自己制御を含んでいることは示唆的です。日常の所作を稽古する礼法の伝統と、通じ合うものがあります。
プロトコール思考は、組織の名で何かをする前に、三つの問いを立てることだといえます。誰のためか。どんな前例になるか。誰が責任を負うか。
ICPAは、プロトコールを規則の一覧ではなく、自己形成の技として教えています。日本の伝統を、欧州の伝統の下ではなく、並ぶ独自の系譜として位置づけています。
続いて、要点を三つに絞ります。
まとめ:AI時代の人間力
- AI時代の人間力は、温かさではなく、振る舞いです。 内閣府の定義は自己制御を含みます。カリエールは、使節が相手に抱かせる信頼を重んじました。ニコルソンは、真実、平静、謙虚、忠実を挙げ、知識を前提としました。
- 定型の仕事が自動化されるほど、信頼と調整の価値は上がります。 オーター、デミング、マイヤーら、世界経済フォーラムの2025年のレポートが、同じ方向を指しています。機械の能力は変わり続けますが、誰が結果に責任を負うのかという問いは残ります。
- プロトコールは、説明責任が見える場所です。 機械は規則を暗唱できます。公平性と一貫性には、それを適用して答える人が必要です。
今日から、組織の名で何かを送り出す前に、自分に一つだけ問いかけてください。その文面のすべての行の後ろに、受け取る人の前で立てますか。
ICPAで学びを深める
ICPAは、正しいだけの人ではなく、信頼される人を育てます。語り、決め、署名することに、責任を負える人です。
- Global Business Protocol(The Global Authority):国境を越えて率いる方のための、国際プロトコールの基礎課程。詳細を見る
- Executive Protocol(The Executive Pinnacle):組織を代表する経営層のための、最上位プログラム。詳細を見る
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出典
- 内閣府 人間力戦略研究会『人間力戦略研究会報告書』(2003年4月)。報告書の記述(人間力の構成要素)の確認:文部科学省 中央教育審議会資料 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/attach/1346331.htm
- Autor, D. H. (2015). Why Are There Still So Many Jobs? The History and Future of Workplace Automation. Journal of Economic Perspectives, 29(3), 3–30. https://doi.org/10.1257/jep.29.3.3
- Callières, F. de (1716). De la manière de négocier avec les souverains. Paris: Michel Brunet. 邦訳『外交談判法』(岩波文庫)。原文(英訳):Project Gutenberg, On the Manner of Negotiating with Princes. https://www.gutenberg.org/ebooks/68987 ; Encyclopaedia Britannica, “François de Callières”. https://www.britannica.com/print/article/89900
- Deming, D. J. (2017). The Growing Importance of Social Skills in the Labor Market. The Quarterly Journal of Economics, 132(4), 1593–1640. https://doi.org/10.1093/qje/qjx022
- Hall, E. T. (1976). Beyond Culture. Garden City, NY: Anchor Press/Doubleday.
- Mayer, R. C., Davis, J. H., & Schoorman, F. D. (1995). An Integrative Model of Organizational Trust. Academy of Management Review, 20(3), 709–734. https://doi.org/10.5465/amr.1995.9508080335
- National Diet Library, Japan. Iwakura Mission. Modern Japan in Archives. https://www.ndl.go.jp/modern/e/cha1/description07.html
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- 小笠原流 公式サイト「History」 https://ogasawara-ryu.gr.jp/english/about.html ; Koryu.com, “Bowing: Ojirei”. https://koryu.com/?p=649
- Polanyi, M. (1966). The Tacit Dimension. Garden City, NY: Doubleday.
- 国際連合『外交関係に関するウィーン条約』(1961年)第16条、および国連国際法視聴覚ライブラリー解説(1815年の規則に関する記述)。 https://legal.un.org/avl/ha/vcdr/vcdr.html
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- Weizenbaum, J. (1976). Computer Power and Human Reason: From Judgment to Calculation. San Francisco: W. H. Freeman.
- World Economic Forum (2025). The Future of Jobs Report 2025. Geneva, 7 January 2025. https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/in-full/3-skills-outlook/

